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わび・さびの銀閣寺、ここは本来は月の殿堂だったとか [ 神社仏閣]

京都へ行ったときのこと。

今回の京都行きでは、寺社の観光を目論みました。
その目論みは2つ。
その1つは想い出のお寺に行くことです。
何の想い出かっていうと・・・高校生の修学旅行の想い出なんです。

とんちゃんは札幌の高校出身ですけど、当時の北海道の高校修学旅行の行先は奈良・京都でした。
京都滞在中に自由行動の1日があり、そのときに友人たちと3人で、京都の寺社巡りをしました。
そのときにとっても印象に残ったお寺を、いつか再訪したい・・・と思いつつ約40年が経ってしまった。

その想い出のお寺に行こう、というのが今回の目論みの1つなんです。
行きたかったお寺は2つあったんです。
その1つが、昨日の記事にした智積院

そして今日の記事が、もう1つの思い出のお寺。

それは銀閣寺です。
1994年に世界遺産にも認定された銀閣寺です。

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バス停「銀閣寺道」から銀閣寺への長い参道を抜けると、銀閣寺の総門まできれいな石畳が続いています。

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その脇に銀閣寺の境内図が掲げられています。
銀閣だけでなく、方丈(本堂)や庫裡などかなり広いんですね。

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石畳の坂を上ると総門。

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東山慈照寺」これが銀閣寺の本来の名称です。


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総門をくぐると右に折れる道。
銀閣寺垣は総門から中門に至る50mほどのこの道は、切りそろえられた高い生垣の「銀閣寺垣」。
この高い生垣の道は、本来は防衛のために造られたものらしいです。

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参拝料をお支払いすると、こんな御守護のお札の拝観券をいただけます。

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砂を波形に盛り上げた銀沙灘(ぎんしゃだん)。

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苔庭が心が和むようにきれい。

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そして池を挟んで眺める銀閣。

1層(初層)は心空殿(しんくうでん)という住宅風様式、上層は潮音閣(ちょうおんかく)という禅宗様(唐様)の仏堂。
そして屋根はこけら葺の上に金銅の鳳凰が羽ばたいているんですが・・・写真が切れている!

金箔を貼って金ぴかの金閣寺よりも、この質素に黒っぽい銀閣の方が好きです。
高校の修学旅行で来た時に、心静かなとんちゃんは、そう思いました。

・・・って、実はちょっと違うんです。
あのとき、金閣寺は金箔がすっかり剥がれていて、汚かったんですよ。
それよりも銀閣の方が清楚で美しかったんです。

そして今回、気がついたんですけど。
昨日の記事にした智積院もここ銀閣寺も池に面しているんですね。
その池に面した静かな風景が、高校生のとんちゃんは好きだったのかもしれません。 

ところで・・・

金閣寺には金箔が貼られているのと同じように、銀閣寺には銀箔が貼られていた
そんな説もあります。

でもそれはウソ!
銀閣には銀箔を貼った痕跡は全くありません。
それに、もしも銀箔を貼ったら、銀はすぐに黒くなって汚くなる。
だからそんなことはしないはずです。

銀閣寺の外壁には黒漆が塗られていました。
だから漆黒の色だった。

そんな話もあります。
しかし実はそうではなくて、黒漆の上に白土(はくど)を塗り、さらにその上にミョウバン液を塗ってあったそうです。

そのおかげで、銀閣寺は上層が白かった!
しかもミョウバンの結晶がきらめいていた!

だから「銀閣」と呼ばれるようになったそうです。
そして銀閣寺は月を見るための館だったそうです。
・・・ということが、2010年10月9日のNHK総合テレビ「ワンダー×ワンダー 銀閣 幻の“月の御殿”」で放映されたそうです。

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2層の外壁を見ると白いところがあります。
これが白土の名残?ではないみたい。(*´ρ`*)

銀閣寺は臨済宗相国寺派の禅寺です。
室町幕府三代将軍・足利義満が1392年に完成した相国寺。
銀閣寺は独立した寺ではなく、その相国寺の塔頭寺院なんだそうです。
しかも金閣寺こと鹿苑寺も同じく相国寺の塔頭寺院なんですって。

銀閣寺の歴史をすこし。
室町幕府八代将軍の足利義政が、1482年から造営を開始した山荘東山殿が起原。
1490年に義政が没し、義政の菩提を弔うため東山山荘を寺に改め、相国寺の塔頭寺院にした。
そして義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。

東山慈照寺


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