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大阪・珉珉と渋谷・珉珉、そして焼餃子 [食文化]

昨日は大阪に本店がある「珉珉」の虎ノ門支店でのランチを記事にしました。 
そしてとんちゃんが好きだった、今は無き渋谷の「珉珉」。
この2つはどういう関係なのか?これが今回の1つめのテーマです。
そして、焼餃子の発祥地、元祖焼餃子はどこ?これが2つめのテーマです。
それらに絡んで「宇都宮みんみん」との関係、さらに「珉珉」という名の由来についても触れましょう。

まずは大阪本店の「珉珉」HP:http://www.minminhonten.com/
HPには【珉珉は各店で一から料理を作っています。そのためどんな小さな店であっても、必ず10年以上の経験を積んだプロの料理人が厨房に立ち、その場で料理をこしらえます。】とあります。
HPの「店舗紹介」を見ると、関西を中心に直営店が20店、暖簾分けが52店あって、お店は直営か暖簾分けなわけで、単なるチェーン店じゃないようです。

さてその大阪の「珉珉」は1953年、大阪千日前に1号店をオープンしました。HPにこうあります。

「敷地面積わずか13坪足らずメニューも当時は数品に限られていた小さな店でしたが、ここで時代を画する1つの料理が生まれました。
それが「焼餃子」中国北方地域に端を発する餃子を、「焼く」という調理によって日本の風土になじませたのです。
今でこそ定番の餃子ですが、当時は餃子をだす店は恐らく珉珉が初めてで、ほとんどのお客さんが、「餃子」という字をどう読んだらいいのか分からないという、そんな時代でした。」


1953年に珉珉が「焼餃子」という「時代を画する」新しい料理を「恐らくはじめて」出した、とあります。
要するに焼餃子の「元祖」だというわけ。

 

しかしこの大阪の「珉珉」、実は渋谷にあった「珉珉」の暖簾分けなんです。

今柊二『定食学入門』(2010年、ちくま新書)にこうあります。
「焼餃子は渋谷の「友楽」がその発祥とされている。……友楽は1947年に引揚者の自立支援のために東京都が提供したマーケット内にあった。それは「すずらん横丁」(のちの恋文横丁)のあたり、現在のSHIBUYA109界隈である。
この店は満州から引き揚げてきた日本人の高橋通博氏中国人妻によってはじめられた。高橋氏は、この店を義兄弟に譲り、自分は渋谷に「珉珉」2店舗開いた。
高橋氏の友人である古田安氏は珉珉でしばらく修行して餃子の作り方を覚えると、大阪・千日前に持っていた日本料理の店を珉珉にかえたという。これが関東と関西でチェーン展開する老舗の餃子店、珉珉になったのだ。(ニッポン中華研究会『三度のメシより!?レバニラ炒め』宝島社)


ただし「友楽」の場所と渋谷の2店舗の「珉珉」についてはちょっと不正確で、こちらの記事の方が正しいようです。

「昭和22年の終わりか23年の初めごろだったという。渋谷の百軒店で創業者の高橋通博さんが「友楽」という中華料理店を始め、この店で鍋貼児(コウテル=水餃子が冷めてしまったとき、鉄鍋で火入れしたことから始まったと言われる焼餃子)を出したのが始まり。4年後、友楽は恋文横丁(現109裏)に移り「珉珉羊肉館」に名前を変えた。(中略)珉珉羊肉館は1967年道玄坂裏に移転。」
「フーテンの中」さんのブログ記事「珉珉(<珉は玉偏に民>みんみん)羊肉館(東京・渋谷、餃子)=閉店?」http://futennochun.cocolog-nifty.com/gungungunma/2007/01/post_0d4f.html

Japan Business Pressの「ご飯のおかずとして進化した焼き餃子」にも同様の説明があります。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36084?page=4


「友楽」は百軒店にあって、「珉珉」は最初は恋文横丁に、そして道玄坂裏(渋谷区道玄坂2-7-5)に移転した。
とんちゃんは道玄坂裏のお店に時々うかがっていました。
ともあれ、渋谷の「友楽」そして「珉珉」が焼餃子の発祥とされています。(他の説もありますが。)
ちなみに正確な店名は「珉珉羊肉館(ミンミンヤンローカン)」です。

 

さて、その焼餃子ですが・・・
日本ではニンニクが入った焼餃子が一般的ですけど、中国では茹でた水餃子か蒸し餃子が一般的で、翌日にそれら餃子が残っていたときに焼くのです。
※この餃子を「鍋貼児」と言うかどうかは、疑問です。「鍋貼児」は鉄鍋餃子のように大きくて四角いもの。焼きなおした餃子は「煎餃子」と言うらしい。ここら辺は、今後の課題にしておきます。

中国では水餃子が普通なのに、なぜ日本では焼餃子が一般的になったのか?これが1つの疑問です。
そしてもう1つの疑問、中国の餃子(水餃子)にはニンニクを入れません。 なのにどうして日本ではニンニク入りの焼餃子になったのか。

まずニンニクについて。
渋谷の「珉珉」でニンニクを使ったことについては、こう紹介されています。

「当 時、豚肉は高く、餃子の具に羊肉を使っていた。羊肉は羊毛を取るために日本でも飼われていた。歳をとった羊が肉にされて安価で出回ったという。その代わり 臭いが強く、それを消すためにたくさんのにんにくを使ったのが、にんにくを使う日本的な餃子の始まりらしい。中国では水餃子が主流で、具にはにんにくを入 れないのが一般的だ。」
「珉珉(<珉は玉偏に民>みんみん)羊肉館(東京・渋谷、餃子)=閉店?」http://futennochun.cocolog-nifty.com/gungungunma/2007/01/post_0d4f.html

「元祖・餃子にニンニク!? … 中華料理「珉珉羊肉館(みんみんやんろうかん)」(渋谷)」(http://hamada.air-nifty.com/raisan/2006/04/__5ddb.html)にも同様のことが紹介されています。

餡に当時入手可能だった羊肉を使い、その臭い消しのためにニンニクを使ったんですね。

ではもう1つの疑問。「珉珉」の餃子が、なぜ水餃子ではなく焼餃子だったのか。
Japan Business Pressの「ご飯のおかずとして進化した焼き餃子」にこういう解釈があります。

「小学館発行の雑誌『サライ』1999年9月16日号に掲載された、「珉珉羊肉館」の当時の店主で通博夫人の高橋美枝子へのインタビューをもとにした記事には以下のように書かれている。
 <ジンギスカンなど羊肉料理のほか、水餃子と焼餃子を出したら、この焼餃子が当たった。惣菜としてご飯に合い、酒の肴としても受けたのだ>
中国北部では小麦が主食である。だから、餃子とご飯は一緒に食べない。(中略)一方、日本の主食は米である。米に合うおかずとしては、油の香ばしさが加わった焼き餃子の方がより適していると言えるだろう。つまり、焼き餃子は、ご飯に合うおかずとして、日本人に受け入れられたのである。」

ご飯のおかずには焼餃子の方が良かった、というのは当を得ていると思います。
その理由は「油の香ばしさ」というだけでなく、食料不足の時代には油で焼いた餃子の方がボリュームがあった、というのがより適切じゃないかと思います。

そんなわけで渋谷の「珉珉」でニンニク入り焼餃子が開発された。
それが大阪の「珉珉」によって広まったということです。

 

さて、「珉珉」つながりでもう1つ。
今は無き渋谷の「珉珉」、チェーン展開する大阪の「珉珉」に加えてもう1つ、宇都宮に有名な「宇都宮みんみん」があります。
そのHPによると「みんみん」は、「ハウザー」という店(総菜店?)で「天津餃子」という焼餃子を出していた。
その後、1958年に店名を「珉珉」にした餃子屋を開店した。
実は宇都宮の「みんみん」は、もとは「珉珉」だったんです。

大阪の「珉珉」と宇都宮の「みんみん」との間に商標をめぐる係争がありました。
ジミー荒川さんのブログ記事「渋谷「珉珉羊肉館」と珉珉の謎」(http://blogs.yahoo.co.jp/jimmy_arakawa/31773677.html)にその紹介があります。

宇都宮の「珉珉」は、常連客から「餃子をやるなら『珉珉』という店名がいい。」とのアドバイスを受けて、「珉珉」になった。
渋谷「珉珉」の2代目店主となった高橋美枝子氏(高橋通博氏の妻)は、宇都宮の店に行って店名を変更するように要求し、両者間で、宇都宮の「珉珉」は平仮名の「みんみん」にすることで合意した。
そして宇都宮の「みんみん」は1997年にその「みんみん」を商標登録しました。
これに対して大阪の珉珉本店の代表者古田暁生氏(古田安氏の息子)が商標登録無効の請求を2001年にして、2002年9月に「無効」の審決が出ました。(発効は2003年1月31日)

それで2002年8月に「宇都宮みんみん」の商標登録の出願がされ、2005年9月に登録されました。
2006年夏になって「みんみん」が「宇都宮みんみん」に名称変更したのはこうした背景があるのです。

宇都宮の店が「珉珉」になったことについて、先の「珉珉(<珉は玉偏に民>みんみん)羊肉館(東京・渋谷、餃子)=閉店?」には、3代目店主高橋衛氏(高橋通博氏の息子)の話が載っています。

衛さんがある大学教授に、「宇都宮のみんみんに店名の相談を受け、『東京で珉珉という店が流行っているので、みんみんという名前はどうか』とアドバイスした」という話は聞いたことがるそうだ。

罪な大学教授ですね。(苦笑)

 

最後に、「珉珉」の由来について。
先の「渋谷「珉珉羊肉館」と珉珉の謎」に「珉珉」の由来も書いてありました。
渋谷の「珉珉」の高橋通博氏の中国人妻・陸温珉さんの名前から一字とって屋号としたんだそうです。
(出典はさっき出てきた、ニッポン中華研究会『三度のメシより!?レバニラ炒め』宝島社。)
そして「日中辞典で珉を引くと「玉のように美しい石」の意味だそうだ」とあります。
ちなみに「珉」の字は、本来は王偏ではなく玉偏なんです。


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