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津波の傷跡と復旧 旅館いさみや@福島県相馬市 [3.11以後]

福島県相馬市で泊めていただいた「旅館 いさみや」さん。

建物をリフォームしたところに、3.11の津波で被災してしまった。

建物に入って正面の階段。
目の高さ当たりに、印がついています。

3.11の津波で、ここまで浸水したんです。

旅館は松川浦に面して建っています。

階段に【2011.3.11東日本大震災の爪跡】と題して、震災当時の写真が展示されています。

そのいくつかを紹介します。

この旅館の北側の港町が「原釜地区」。
海がガレキで埋めつくされている。

旅館の前。
道路の向かい側にあった住宅が流されて、旅館の前を塞いでしまった。

旅館の前のガレキを重機でどけたところ。
建物の脇に、大きな漁船と住宅が流されてきている。

現在の旅館の姿。
右端の建物に大きな漁船と住宅が突っ込んだそうです。

この食堂には・・

窓を破って船が流されてきました。

1階部分は全て泥にまみれ、床上・床下ともに10cm程のヘドロが溜まっていたそうです。

震災後には多くのボランティアの方々がいらっしゃって、復旧作業を手助けしてくれたそうです。

階段脇に遊漁船「いわみや丸」の登録票が掲げられていました。
けれども、この船は津波で流され、破損してしまったそうです。

多くの写真や色紙の中に、「東北魂」と書かれたサンドウィッチマンのサインと写真があった。
2012年6月25日に「復興チャレンジ丼」の取材で来たんだそうです。
いさみやさんの公式ブログに紹介があります。
http://ameblo.jp/isamiya-blog/entry-11286731506.html

復興チャレンジ丼」は、正式には「松川浦復興チャレンジ丼」。
相馬市松川浦観光振興グループのお店が協力して、それぞれのお店が独特の丼を提供しています。
http://matsukawaura.com/donburi.html

ところで、サンドウィッチマンのお二人は宮城県のご出身。
気仙沼港でテレビのロケ中に3.11の震災に遭遇しました。
その後、「“東北魂”東北地方太平洋沖地震義援金口座」を開設して募金活動を行ったり、「東北魂」のロゴ入りチャリティグッズを販売したりして、支援活動をされています。

 

旅館の外も津波の傷跡がいまだに残っています。

旅館前の道路を挟んだ向かい側は、更地になっています。
しかし先ほど紹介したように、ここにはかつて、木造の住宅が建っていました。
それが津波で、浮かび上がって、そのまま旅館に押し寄せてきたんです。

更地の土はガラスなどの破片がいっぱいで、細かなガレキが散乱している。

岸壁近くに並んだ電柱。
みんな海側へ傾いている。
波ではなくて地盤沈下のせいだと思います。

写真では分かりにくいけど、海面に出ている岸壁はほんのわずか。
地面が沈下してしまったんです。
満ち潮になると海水が上がってきてしまう。

それで、土嚢を積んで潮を防いでいるところがいくつもある。

遠くには太平洋と松川浦を区切る砂州がある。
かつてその一帯が美しい松林だったけれども、いまではほぼ全てが津波で流されてしまっている。

そんな松川浦内では、海苔の養殖が再開されています。

漁船も整備されていて、設備は復旧しつつあるようです。

しかし、原発事故のせいで、福島県沿岸での操業は一部の魚種を対象とした「試験操業」を除き全て自粛されています。
現在市場に流通している「福島県産」と表示されている水産物は、震災以前に漁獲された冷凍品、あるいは福島県から遠く離れた海域で漁獲されて福島県に水揚げされた後、放射性物質の検査を受けた魚です。
JF福島漁連:http://www.jf-net.ne.jp/fsgyoren/

先日も書いたように、「旅館いさみや」さんでも、本来なら地元相馬の豊富な海の幸を食べられるのに、こうした操業自粛のために、地元の魚が食べられない状況です。
そのため魚は北海道など遠くから買わざるをえず、その分、コストがかさむ。
客は、今は復興関係の工事関係者が宿泊しているけど、土日の一般客は皆無になってしまった。
そんなダブルパンチで、旅館の経営はこれから先、おおきな不安があるそうです。

本当の復旧・復興は、これからどう進めるべきなのか。

 

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