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佐渡市両津の元妓楼・金沢屋旅館のいろいろ [温泉・宿]

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佐渡市両津の老舗旅館に泊まりました。
1887年(明治20年)に建てられたという古い建物。
しかしその旅館が、ただの旅館ではなかった、ということを後で知ってびっくり!

今日の記事は、その旅館のことです。 

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現在の玄関は道路と直角についています。
でもこれは、道路拡張工事で玄関部分を改築したためらしい。
本来は、正面の「コ」の字がもっと深くて、道路に面して玄関があったのでしょう。

この旅館は、実はかつては「貸座敷」だったんです。

貸座敷とは・・・
明治5年(1872年)、明治政府はた娼妓(しょうぎ、遊女)の人身売買規制などを目的とする芸娼妓解放令を出し、娼妓たちは妓楼か(遊郭)ら解放されました。
でも売春そのものは禁止されず、妓楼は「貸座敷」と名称を変えて、娼妓が部屋を借りて売春業を行うという形式になりました。
これは許可を得て行う売春業で、こうした公娼制度は第二次大戦後まで続きます。 


そんな宿のことを紹介します。

場所は、佐渡市の北東にある両津

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加茂湖と日本海との間にある両津は、北側に「夷」(えびす)、南側に「湊」(みなと)の地区があります。

幕末から妓楼ができ、明治後半から大正期にかけては湊に10軒、夷に20軒の貸座敷があって、夷の神明町、湊の若宮通りは、いわゆる赤線地帯だったそうです。
その2か所は客筋が違っていて、商家の旦那衆が芸者を上げて本格的に遊ぶの夷の遊郭、漁師や百姓、若い連中が手軽に遊ぶのは湊の遊郭だったそうです。
 ⇒愛康舎物語:http://www4.famille.ne.jp/~aikoh/000honma-jidai-shyo_055.html

 

1887年に湊に建てられたこの旅館は、かつてはそんな妓楼の1つだったというわけ。
でもここに宿泊したときには、そんなことは全く知らなかったんですよ。(間抜け!)

金沢屋旅館のことは、いくつかのブログで紹介されていました。
 ⇒花街ノスタルジア「新潟県・佐渡」
  :http://furo1010.blog.fc2.com/blog-entry-213.html
 ⇒佐渡島で築120年超、元遊郭の転業旅館『金沢屋旅館』に泊まってきた
  :http://retro.useless-landscape.com/archives/2684
 ⇒佐渡旅「両津港より徒歩7分。古美術に囲まれた歴史ある旅館、金沢屋」
  : http://sado-tabi.blog.jp/archives/12034340.html

 

というわけで、この宿のことを少し紹介します。

宿の玄関を入ると、こんなものがあります。 

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(furo1010さんのブログ「花街ノスタルジア」の記事「新潟県・佐渡」から)

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孔雀が描かれた屏風絵。

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そして天井には「金澤楼」の向拝。
そう、ここはかつては「金澤楼」という妓楼だったのです。ヽ(^◇^*)/
妓楼時代には、これが表の正面に掲げられていたようです。

実はこれに気が付いたのは宿を退出するときなんです。
これに気が付いて、おや?と思い、後でググってみたら、かつては妓楼だったことを知ったんです。 

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2階の廊下にあった高浜虚子の句。
これは「新涼の句」とだけ書いてあって、そのとなりに句が書かれていたんです。
・・・・ということが、今になって気が付きました。
なので、肝心の句の写真はありません。(アホ!)
ともあれ虚子がこの妓楼に泊まったというわけではないみたいです。 

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客室の襖にも句。
この部屋の飾りはかなりおとなしい方みたい。
ともあれ、この部屋ではかつて女郎さんとお客が・・・(*^^*)

 

そんな金沢屋さんには、佐渡の美術品がいろいろと展示してあります。
朝食をいただいたあとで、宿のご主人に案内していただきました。

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玄関のガラスのショーケースの中に並んでいます。
伊万里焼がたくさんあるんですけど、それとならんで佐渡の工芸品や美術品。

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【佐渡鋳金】と書かれた茶道具。

「鋳金」とは蝋型鋳金のこと。
蜜蝋を主体とする蝋で原型を作り、それを土で塗り覆い、中の蝋型を溶かし出して、その空洞へ銅合金(銅・鉛・錫・亜鉛)を流し込み、土の型を割って中の製品を取り出す、という鋳造技法です。
鋳造後、ヤスリ、石、木炭等で仕上げ、一度火の中で焼き、さらに磨き、最後に着色して完成します。


佐渡の蝋型鋳金の始まりは、弘化4年(1847)、初代本間琢斎が佐渡奉行から委嘱された大砲の砲身の鋳造といわれています。
この作品も何代目かの本間琢斎のものです。

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布袋像は、同じく佐渡蝋型鋳金で、初代宮田藍堂によるもの。

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【佐渡竹工芸品】

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実際に花器としても使っていました。

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土人形の【八幡人形】。
身体の前半身と後半身の型にそれぞれ土を詰め、型から抜いて2つを合わせて一個の人形とし、それを素焼きして着色したもの。
京都の伏見人形の魅力にみせられて作ったもので、佐和田町八幡の村岡文慶が作り始めたものだそうです。

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可愛いというかちょっと色っぽい女性の人形もあります。

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小木箪笥
佐渡の小木では、北前船に積み込んで使われた船箪笥が製造されていました。

船箪笥は、江戸時代から明治時代にかけて日本海を往来した北前船の船頭が重要書類や金銭、印鑑、筆硯などを保管するのに使った箪笥です。大切なものを容易に取り出せない数々の錠前とからくり、鎧のように全体を守る鉄金具には特徴があり、船が難破しても船箪笥はいつまでも海を漂って中身を守ったと言われています。
 ⇒船箪笥の内部とからくり:http://iwate.info.co.jp/hakoya/info_f.html 

その技術で制作した衣装箪笥で、船箪笥と同じ金具が使われています。

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宿の裏庭に出ると、賀茂湖が広がっています。

この賀茂湖のことや、両津の街のことは明日の記事にしましょう。


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コメント 2

caveruna

いつか佐渡へ行きたいと思っているので、
参考にさせていただいてまーす♪
by caveruna (2017-02-16 10:28) 

とんちゃん

> caverunaさん
今回泊まった部屋は大人しいみたい。
ネットの情報を見ると、もっと豪華絢爛な部屋があるみたいです。

by とんちゃん (2017-02-16 19:25) 

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