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相馬中村神社と相馬神社@福島県相馬市 [ 神社仏閣]

福島県相馬市では、相馬野馬追という祭りが7月に開催されます。
相馬中村神社、相馬太田神社、相馬小高神社から発した騎馬武者3軍が、南相馬市原町区にある相馬野馬追祭場地で争うという祭りです。
ハイライトは、甲冑競馬や神旗争奪戦。
2016年は7月23日~25日に開催され、 3日間で延べ約19万3千人の観客が馬追を見つめました。 

残念ながら祭りを見る機会はないのですが、その相馬中村神社を観に行きました。
3つの神社はどういう関係なのか?そして何を祀っているのか?

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広々とした参道。

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相馬中村神社
相馬野馬追の出陣式が行われるところです。

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参道を進みます。

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道が2つに分かれている。

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ここが、相馬中村神社
旧社号は妙見大明神だそうです。
この祭神については、また後ほど。

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見取り図によると、さっきの写真の右手の小道が社務所、左が参道でその奥右手に本殿があるそうです。

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参道入り口には御神馬が立っています。

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左右の御神馬はそれぞれ反対側の前足を上げています。

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その脇に本物の馬が繋がれています。
どこの馬だろ・・・。
相馬野馬追に使われる馬だそうですが、それはまた後で。

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相馬中村神社の歴史
相馬氏の名は、下総国(現在の千葉県・茨城県)の相馬郡相馬御厨を相続したことに始まります。
相馬御厨は、1130年に千葉氏が伊勢神宮に寄進してその荘園としたことから、「御厨」の名がついた。
その後、家督争いがあり、6代目・重胤が陸奥国行方郡(現在の南相馬市、飯館村)に入り、陸奥相馬氏と下総相馬氏に分かれる。
居城は現南相馬市の太田、さらに小高へうつり、江戸時代の1611年にここ相馬市の中村に移されます。

城の移転と併せて、相馬氏の祖である平将門が猿島郡に建立した妙見社を太田、小高、中村に勧請したそうです。
平清盛が建立したという猿島妙見社の場所は不明(茨城県境町か岩井市か)。
実際には、相馬初代相馬師常が下総国相馬郡に築城した守谷城(茨城県守谷市)に妙見社があって、そこから遷座したものでしょう。

というわけで、相馬氏が祀った妙見社が元です。
それがどんな神様なのかは、後ほど。

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さて石の馬と本物の馬を眺めてから、参道を奥へ。

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右側に神楽殿

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その先にあるのは北野天満宮。

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その脇には、八坂神社(左)と諏訪神社(右)。

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池の脇を通ると・・・

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手水舎があります。

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相馬中村神社の祭神は天之御中主神の看板。

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は「古事記」の冒頭に登場する神です。
「天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、高天原(たかまのはら)に成りし神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)。」とある。
まさに一番最初の神です。
その名は「天の中心の神」で、何かの実在を背景にした神と言うより、神話の最初の神として創作された神様です。
しかも古事記でも、ここ1回しか出てこない神様です。
「古事記」のために創作された神様だから、それを祖神として祀る神社もありません。

それがなぜこの神社の祭神になっているのか?
それと「妙見社」とはどういう関係なのか?
なかなかややこしいことになっています。

「妙見」とは、仏教の北辰妙見菩薩のことで、北辰とは北極星のこと。
だから元々は仏教の菩薩信仰があり、それが中国で道教の北極星信仰と習合して、北辰妙見菩薩になってしまった。
だから「妙見様」は神様じゃなくて、仏様
「妙見社」はその北辰妙見菩薩を祀ったお寺なのです。

その妙見菩薩が日本で、天之御中主神と習合してしまう。
天之御中主神はも「天の中心の神」だから、北極星の妙見菩薩と習合しちゃうのもわからなくもない。
仏様と神様が習合する、神仏混淆ということですね。

そういうわけで、この神社は、元は神仏混淆した妙見社だったのです。
しかし明治政府の神仏分離令によって、祭神を仏教の妙見菩薩から天之御中主神に改め、神社の名も相馬中村神社としたのです。

さて、いよいよこの先に本殿がある。

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鳥居のところに邪魔者あり。なんだこれ・・・

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じぇじぇ!(◎_◎;)
本殿が工事中です。ここまで来て・・・残念。 

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先ほど見た馬のところにこんな案内板がありました。

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【馬場案内】
相馬中村神社への参道からすると、右後ろの方向です。

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そちらに向かうと・・・おや。

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【相馬神社】の石の看板。
【日本百名城】とも書いてあります。
日本百名城とは、財団法人日本城郭協会が名城と呼ばれる城郭を公募して2006年に定めたものだそうです。
その中には、福島県から二本松城、若松城、白河小峰城が入っていますが、相馬城は入っていません。
応募したってことだろうか・・・

その道を進むと・・・

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「相馬中村神社馬場」の案内板。

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おや、厩舎があります。

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お馬さんたちがいらっしゃる。(*^^*)

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さらにその奥に花が馬場がありました。
野馬追に使う馬なのでしょうが、誰がどうやって馬を飼育しているのかはよくわかりません。

一度戻って、さっき看板があった相馬神社へ行きました。
ただしその道はどうも裏側みたいなので、表の方から行ったことで紹介します。

この記事の冒頭に、相馬中村神社の鳥居があったところ。
あそこから再スタートしましょう。

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こちらが城への道。

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「相馬神社」の石柱。

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城壁の脇に広い坂道。

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真っ赤な橋を渡って・・・

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石段を登っていく。

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【相馬城址】
です。

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1879年(明治12年)に、相馬家の始祖相馬師常を祭神として建立された神社です。

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とんちゃんの興味からすると、相馬中村神社はかなり新しい、相馬神社に至ってはさらにそう。
おっと失礼、これはあくまでも古代史が好きというわたしの好みの問題で、宗教上のことではありません。


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