So-net無料ブログ作成

遠藤哲夫氏の『大衆食堂パラダイス!』を読む(1):テーマ [食文化]

弊ブログには食堂がときどき登場します。最近は食堂を探して食べに行っています。
食堂の料理は大衆食で、地元密着型の食ってところが好きなんです。
そしてその両方、大衆食と地元食は庶民、地方の文化だと思っています。

でもそんな食堂はどんどん無くなっています。これでいいんだろうか・・・
食堂で、ただ食べているだけじゃ能がないので、大衆食に関する書籍をボチボチと読んでいるんです。
カッコつけると文化を理解するために。
そんな本を弊ブログでもときどき紹介しようかと思います。

ということで今回はその第1回。

『大衆めし 激動の戦後史:「いいモノ」食ってりゃ幸せか?』(2013年、ちくま新書)という本が昨年出ました。著者はエンテツこと遠藤哲夫氏。
この本は「大衆めし」=大衆食と大衆食堂のことを書いてあって、まさにピッタリのテーマです。

ところでこの著者は以前、『大衆食堂の研究』(1995年、三一書房)という、実に大それた書名の本を出しているんです。
まぁ実際のところは「研究」って類の本ではないのですが、しかしかなり面白い本なんです。
そしてその続編として『大衆食堂パラダイス!』(2011年、ちくま文庫)という本も出されています。

順序からすると古い方から先に、ということなのですが、「研究」よりも「パラダイス!」の方がまとまりが良いから、そっちスタートしようと思います。

ということで『大衆食堂パラダイス!』を取り上げて、今回はそのテーマについて検討してみます。
次回は、この本の内容を紹介します。

大衆食堂パラダイス! (ちくま文庫)

大衆食堂パラダイス! (ちくま文庫)

  • 作者: 遠藤 哲夫
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2011/09/07
  • メディア: 文庫

 

2011年出版の『大衆食堂パラダイス!』は「5年ほど前に企画が決まった」(p.353)とあります。
だから企画が決まったのは1996年2006年頃のことで、1995年に『大衆食堂の研究』が出版されたすぐしばらく後です。
(追記:幼稚園生並みの計算ミスをしました。
この誤りは、著者の遠藤さんのブログでご指摘いただきました。)

そして著者は前著『大衆食堂の研究』と『大衆食堂パラダイス!』との関係について、こう言います。

『大衆食堂の研究』は「上京者ならではの大衆食堂のある東京暮らしを、思い入れたっぷりに書いたもの」(p.11)であり、「本書『大衆食堂パラダイス!』は、そんな『大衆食堂の研究』のその後であり、おれの大衆食堂物語である。」
大衆食堂のある生活を楽しむためのガイドになるように書いているツモリです。」(p.12)

前著の「その後」だ、というのですから2つの著書は「大衆食堂」に関する姉妹本、ということです。

ただし面白いことに、2つの著書では「大衆食堂」へのアプローチの仕方が違っているんです。

『大衆食堂の研究』では「大衆食堂」とは何たるかをこう限定しています。

「いまでは、「食堂」といえばほとんどが、「大衆的な食堂」という意味での、大衆食堂である。そこで、あえて、東京の大衆食堂については、こういわなくてはならない。
昭和30年代にして1960年代の「たたずまい」をとどめている大衆食堂のことである、と。
なぜこういう言い方をするのか、しなくてはならないかということは、これからなんとなくわかってくるはずだ。」(p.7)

ところが『大衆食堂パラダイス!』では、ちょっと違っているんです。

「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂が気になる、いまだ愛着を持っている。」(p.67)
「おれの昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」(p.190)

『大衆食堂の研究』は、”大衆食堂とは”と客観的な定義づけ、決めつけをしています。
しかし『大衆食堂パラダイス!』ではそうではなく、「おれの」大衆食堂と一人称でアプローチしているのです。

『大衆食堂の研究』は「研究」と銘打ったせいで、客観的風な書き方になってしまったのかもしれません。
しかし、『大衆食堂パラダイス!』で「おれの」大衆食堂物語という私的ストーリーにしたのには、それ以上により本質的理由があるようです。

それは『大衆食堂の研究』への山本容朗氏の書評でした。
山本氏の書評によって、著者は自分の「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」への思い入れが「地方出身者が東京で出会う「めし」を世代と東京同化ストオリー」(p.78)である、ということに気がつかされたそうです。
これがアプローチを転換した大きな理由となっています。

東京への地方出身者、すなわち「上京人」の「東京同化」の中に大衆食堂は位置づけられる。
ふる里を離れた者にとっての大衆食堂の意味。しかも1つの「世代」的な事象として意味がある大衆食堂。
そのことに気がついたのです。
そういう文脈の中で大衆食堂を位置づけるには、「大衆食堂とは」という普遍的方法ではなく、「おれの」という私的アプローチの方がいいのです。

こうしておれの大衆食堂物語という一人称のスタイルをとったおかげで、この本は読みやすく楽しめる本になっています。

そして「世代」的な事象として大衆食堂を位置づけたおかげで、『大衆食堂の研究』では「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」と大衆食堂を限定せず、大衆食堂は時代とともに変遷するもの、と把握することを可能にするという効果をもたらしています。

時代ととも変遷する大衆食堂の中にあって、しかし著者は「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」に熱い思いを馳せる、そういう書き方になっているのです。

「ただならぬワイルドなエネルギーを集めて発散していた昭和30年代にして1960年代の大衆食堂。いまだって、そういう食堂が厳然とある。(中略)
大衆食堂の楽しさや面白さは、いろいろあるが、おれの興味をしぼれば、こういうことになる。とりわけ「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」の片鱗でもよい、留めているところ。そのたたずまいや、空間や、メニューやおかず、あるいはひと。これら全部が、いってみれば「めし。」
それが、おれの大衆食堂パラダイスだ。」(p.322)

というわけで本書では、「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」の片鱗を留めている食堂が「おれの大衆食堂物語」=「おれの大衆食堂パラダイス」として語られます。

P.S.
この記事をなんと、著者の遠藤哲夫氏が自身のブログで紹介してくれました。
もちろん、とんちゃんがお願いしたわけではありませんよ。(念のため)
こちらこそありがとうございます、です。
 ザ大衆食堂つまみぐい:http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2014/06/post-535c.html


nice!(10)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

nice! 10

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 1