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太宰府観光(1) 太宰府天満宮 [ 神社仏閣]

家族で長崎福岡旅行しました。
福岡はどこを観光するか・・・。
やっぱり太宰府に行きましょう、ってことにしました。

大宰府は、以前、とんちゃん一人で行きました。
そのときの様子は、ここ:http://onhome.blog.so-net.ne.jp/2010-02-21-1

西鉄天神駅で9時発の特急に乗りましょう。

電車が入ってきました。
なかなかカッコいい電車です。

おぉっと、車体にはソフトバンク・ホークスの選手が描かれています。
左が巽、右が小久保ですね。
さすが福岡!

さて、太宰府に着いて天満宮へと向かいます。

桜門。荘厳ですね。

そして本殿。
子どもが、ちゃんと拝んでいます。
2礼2拍手1礼。

本殿の前で記念撮影。

ところで太宰府天満宮の由来は・・
道真が左遷されて、太宰府に来た。
そして903年(延喜3年)2月25日この世を去りました。
その死後に無実が証明され、道真が尊ばれるようになって、天満宮が出来た。

なんて美談ではないんです。
その逆で、道真の怨霊による祟りを鎮めるために天満宮が建立されたんです。

道真の死後、都で異変が起きます。
906年、中納言藤原定国が40歳の若さで急死。
908年、藤原菅根が雷に打たれて死亡。
そのため909年4月、道真追放の主役であった藤原時平が39歳の若さで死去(狂死)。
さらに疫病や干ばつ相い次ぎます。
こうしたことが「道真の祟り」と恐れます。
その御霊を鎮めるために醍醐天皇の命で919年に社殿が建立されるのです。

これが天満宮設立の由来です。

しかしこれで終わらなかった・・
930年、清涼殿に落雷があり、大納言藤原清貫など5人が死傷。
藤原清貫はかつて大宰府に左遷された菅原道真の動向監視をしていた人です。
だから、これも道真の怨霊による祟りであると信じられます。
道真を左遷した醍醐天皇は、ショックで病に倒れ、天皇の位をわずか8歳の寛明親王(ひろあきらしんのう)に譲って、朱雀天皇とします。
しかし事件から3ヶ月後、醍醐天皇は46歳で死去します。
これらもみんな道真のたたりってことに理解されます。

とくに清涼殿の落雷のせいで、道真の怨霊は雷神(天神)と結びつけられることになったようです。
だから「天神様」というんです。
天神様って、実は怖いですね。

さて、本殿を拝観してから天満宮内にある末社をざっと拝見しました。
これがなかなか面白いんですよ。

並んでいる順ではなく紹介します。

素佐雄社、祭神は素戔鳴尊(スサノオ)。
有名な神様ですね。京都の八坂神社の祭神です。
神話では、天照大神の弟、出雲大社の祭神の大国主命の先祖、ってことになっています。
でも素戔鳴尊は、『日本書紀』では新羅の曽尸茂梨(牛頭山)に降りたことが書かれていて、元々は新羅の神様なんです。

金比羅社、祭神は大物主(おおものぬし)神。
大国主命のこと、出雲の神様ですね。

櫛田社、祭神は大若子神。
福岡の祇園駅近くにある櫛田神社の祭神・大幡主命と同じ神様です。
元は、松坂にある櫛田神社。

でも本来の櫛田神社は、櫛名田姫を祭っていた神社じゃないのかな。
櫛名田姫って、素戔鳴尊の妻。
あの八岐大蛇の生贄にされるところを助けられた女性です。

でも次に紹介する摂社との関係からいうと、大若子神の方が話が通るかな。

摂社の太夫社、道真の随従、度会春彦太夫の御霊を祭る。
度会氏は伊勢神宮外宮の禰宜です。
度会氏の祖が大若子命です。

 

摂社の天穂日命社、祭神は菅原家の祖神の天穂日命。
出雲の神様です。

そんなわけで、出雲にまつわる神様がいろいろ祭られているんですね。

高良(こうら)社、祭神は武内宿禰と書いてあります。
武内宿禰は300歳まで長生きして、5代の天皇(景行・成務・仲哀・応神・仁徳)に大臣として仕えたとされる人です。
「武内」さんじゃなくって、「武」が名前で「内宿禰」は役職名なんです。
武内宿禰は、紀・巨勢・平群・葛城・蘇我氏などの中央諸豪族の祖とされている百済系の渡来人です。

しかし高良社の本来の祭神は、高良玉垂命です。
久留米市にある筑後国一宮の高良大社の祭神です。
でもこの神様は『記紀』などに登場しないことから、祭神に諸説があって、その1つが武内宿禰なんですって。
だからここでは、武内宿禰になっているのでしょう。

ところで、高良社は元は高麗社だったでしょう。
だから新羅系の神様のはず。
でも武内宿禰は百済系の渡来人です。
この2つがくっつくのは、おかしなことです。

素戔鳴尊とあわせて、新羅系ってことですね。

皇太神宮、祭神は天照大神。
伊勢神宮の際神で、最も偉い神様ってことになっています。
だから「社」じゃなくって「神宮」になってるのね。 

竈門社、祭神は玉依姫命。
太宰府市内にある竈門神社の祭神です。

竈門神社は、664年に大宰府が設置されたとき、鬼門 (北東)に当たる竈門山(宝満山)の麓に鬼門除けの祭祀が行われ、その後673年に、社殿が建立され玉依姫命が祭神とされたようです。
玉依姫命は神の依り憑く巫女という意味です。
元は山そのものが神籬(ひもろぎ)だったのだと思います。

境内には、以前は百済舎とか新羅舎とかの摂社もあったようですが、いまはありません。

さて、境内にある神社以外のもの。

本殿裏の裏山にある滝。

「誠の滝」というんですけど、人工の滝です。(笑)

Youtubeで滝の様子をご覧下さい。


タグ:福岡県
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コメント 6

ちょんまげ侍金四郎

>太宰府天満宮の由来
勉強になります。
梅ヶ枝餅は知っていたのですが(笑)
by ちょんまげ侍金四郎 (2012-05-18 08:35) 

ヨッシーパパ

太宰府は息子の受験祈願で三度(中学受験、大学受験に二回)訪れましたが、志望校には入ることが出来ませんでした。
梅が枝餅が美味しいのでまた行きたいですが。
by ヨッシーパパ (2012-05-18 19:12) 

とんちゃん

> ちょんまげ侍金四郎さん
大宰府と言えば梅ヶ枝餅!
当然いただきました。
もすこし後でアップします。
by とんちゃん (2012-05-19 06:23) 

とんちゃん

> ヨッシーパパさん
あら、ご利益はなかったのかな?
梅が枝餅は美味しいですね。
わたしたちも当然、いただきました。
by とんちゃん (2012-05-19 06:26) 

namie

とんちゃんさま。
はじめまして。
太宰府天満宮の由来
勉強になります。
「誠」って名前は日本で
社長に一番多い名前みたい。
あの八岐大蛇の生贄にされるところを助けられた女性
酒呑童子も八岐の子どもみたいなので、
スサノオに助けられた女性は嬉しかったようにも
思います。どう思われますか?
by namie (2015-07-02 17:11) 

とんちゃん

> namieさん
櫛名田姫はスサノオに助けられて、妻になったってことですから、
嬉しかったんじゃないかな。
by とんちゃん (2015-07-04 07:18) 

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